滋賀県立長浜北高校卒→滋賀県警警察官→退職し実家の農家を継ぐ
―はじめに警察官になった経緯をお聞かせください。
地元の県立高校を卒業し、即、滋賀県警に入りました。警察官になった理由は、自分でいうのも何ですが、正義感があったのと(今でもありますが)、人に役立つ仕事をしたいという理由でした。
―警察官時代は具体的にはどのようなお仕事をされていましたか。
警察学校卒業後、S警察署の交番勤務を約2年、県警本部の機動警ら隊(パトカー)兼務、警備部機動隊(ヘルメットをかぶり、盾をもって警備に当たる仕事)を3年、その後、巡査部長に昇任し、K警察署の刑事二課(知能犯、汚職係)を半年やって辞めました。
―辞めたのは何年目ですか。
24歳の時だったので6年目です。
―警察官の仕事に不満はありましたか。
不満があるといったらありますし、一般の会社と同じで、その時の職場や、上司によって変わりますね。また、親切心でできる仕事ではないということもありましたね。
―警察官を辞めた原因は何ですか。
自慢する訳ではないのですが、機動隊在籍時の上司や職場の協力を受けたことや、負けず嫌いの性格もあって、私は巡査部長の昇任試験を一発で合格することができました。 その当時私は、久々の高卒者の一発合格者だったことから、エリートコースまっしぐらなどと周りからもてはやされたりしました。
しかし、昇進したとたん、急に人生の虚無感に襲われたのです。昇任後の刑事の仕事もおもしろいものではなかったこともありますし、実際には、警察官という仕事は正義感だけでできるものではありませんでした。警察の仕事だけに人に言えない、いろいろなこともあったのです。
また、今でも警官の友人・知り合いが多くいますので、こんなことをあまり言いたくはないのですが、秘密主義の警察の世界にいると、一般人との交流が少なくなり、「井の中の蛙」になってしまうんじゃないか思うようになったのです。よく警察の内部でも、「警察の常識は、一般での非常識」といわれ…